
あー、旅に出たい。けど、ままならない。。。
そんな時ワタシは、“旅本”を読んで空想することで気を紛らわせます。
最近読んだなかでぜひ皆さんにオススメしたいのが内田百閒先生の「阿房列車」シリーズ。漱石門下生で、いわゆる“鉄道オタク”の百閒先生。「阿房列車シリーズ」は、そんな“鉄オタ”の百閒先生が、弟子で国鉄職員の“ヒマラヤ山系君”とともに各地に旅に出るお話です。
なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。
百閒先生の旅の目的は、ひたすらに鉄道に乗ること。しかも、借金してまでも一等車に乗って出掛ける。“どっちつかずの曖昧な二等車”に乗るくらいなら、三等車のほうがまだましだそうで、作中でも「二等に乗っている人の顔つきは嫌い」と言い切る始末。だが、お金持ちなわけではなく、旅の前には、友人知人の元をお金の工面のために訪問して回る。しかも、誰に対しても基本的に上から目線(笑)
山系は元来用事のない男である。泥棒のような顔をしている。(by百閒先生)
“年は若いし、邪魔にもならぬから”と毎回、百閒先生の旅のお供に連れ出される“ヒマラヤ山系君”も「阿房列車」を面白くさせている一人。百閒先生のほうから声をかけなければ、ひたすら黙っていて、突っ込みを入れても「はぁ」とか「そうですね」などと柳に風な受け答え。“ヒマラヤ”が文句ひとつ言わず旅についてくるのをいいことに、百閒先生は旅の道中に宿で気に食わないサービスを受けたりすると何かと“ヒマラヤ”の持ち物のせいにしたりして、作中では「そのボストンバッグが甚だきたならしく、山系が持ってきたのだが、死んだ猫に手をつけてさげた様で、丸で形がない。(中略)これ皆ヒマラヤ山系のきたならしいボストンバッグのなせるわざなり」などと書かれている。
子どもっぽくて、少しいじわるな百閒先生。「阿房列車」は、そんな百閒先生の
おもしろエピソード満載で、今日も出発進行。ワタシを遥かな旅に連れ出してくれるのです!
<参考資料「第一阿房列車」(新潮社文庫刊)>

「第一阿房列車」(新潮社文庫刊)表紙より。
偏屈そうな顔の百閒先生。その表情と内容のギャップが面白い。


