

さて今回は何を書こう?と今までの日記をレビューした。
ウム、毎度軽~い、ヘラヘラした内容ばっかり書いていて、こいつはバカなのか?と思われそうだ。書いているヤツのキャラクターを立て直さねば、と思い今日はちょっと別の顔を。
こんなわたくしも、人並みに本は読むものでして、とは言えどんどんその機会、時間が限られてくる。
今じゃすっかり帰りの電車、そして休みの日だけというのが現実。
ではどんな本を?などと振り返り、書庫を眺めてみるとまあ乱読の一言。特にこのジャンルというのは無い感じ。

ただそんな乱読の中でも、読み続けている作家はいるもので、私の場合は、高村薫。
思い起こせばもう10年以上も前のこと、書店に平積みされたなかなかキャラの立ったタイトルの単行本、「レディジョーカー」を手に取ってから、この作家にのめり込むことになった。
書評をする立場でもないので、それはさておき、司馬遼太郎を初めて読んだ時を思い出した。
つまり、疲れる!重い!そして深い。
いわゆる脱線が多く、物語の進行中に、登場人物の邂逅(かいこう)、独白のため時代があちこちに飛び、そこにまた新たな人物が次々と多層的に重なりと、油断するとストーリーを追うことさえ困難になるのだ。
いわゆるストーリーテラーとしての小説家であれば、宮部みゆきや東野圭吾、桐野夏生なんかのほうが数段上だろうけど、とりあげるテーマの深さ、骨太な全体構成、哲学としての宗教観、そして何より各キャラクターが紡ぎ出す濃密で格調高い文体は、何年も心に刻み込まれ忘れることができない。

そんな高村薫、この5、6年で一大サーガを書き下ろしている。「晴子情歌」「新リア王」そしてその集大成である最新版「太陽を曳く馬」。
本作、高村作品の人気キャラ、“合田雄一郎刑事の再登場!”と、セールスコピーも華々しいが、実はこれ、「晴子情歌」から連なる3部作の完結作。
つまり前の2作品を読まないと作品自体の価値は半減なのである。
ところがこの「晴子情歌」「新リア王」、これまでの高村作品と比にならないくらいの難解。日々是格闘の読書である。
もはや物語ではなく抒情詩のようでもあり、これまで“ミステリー作家”という括りで語られた高村薫とは別物かと思うほど。でもそれは間違い。前述のテーマの深さや格調高い文体、社会の哀愁、怒りそして諦観は健在。改めてこの作家好きだなと再確認した次第。
かくいうわたくし、最新版「太陽を曳く馬」来週から読み始めます。「新リア王」の2度読みがようやく今日、終わったからね。これかたやっぱり難解なのかなあ。
が、ここはファンゆえのマゾぶりを発揮して読了、そして2度読み3度読みにハマっていくことだろう。


